忍者通訳の記録帖

気配の通訳・翻訳所。空気、沈黙、すれ違い、視点の跳躍──そしてたまに、自分自身。精度はいつも道の途中。  

#355 ワックスをかけて、ルンバをためらった日

 

外壁と屋根の塗装をお願いしたときのこと。
せっかく来てもらったので、ついでに家の中もちょっと見てもらったら、塗装の職人さんが「床、普通のワックス、どこでもあるやつで、えっから」って教えてくれた。

ああ、昔はそういえば、ちゃんとやってたなって思い出して──。
濡れ雑巾と乾いた雑巾で丁寧に拭いてから、市販のフローリングワックスを塗って、乾かして。
なんとなく嬉しくなって、床をそっと眺めたりしてた。

でも、そこでふと考えた。
「このあと、ルンバ……かけても大丈夫かな?」

昔読んだ新聞だったか、どこかで知った“正しい掃除機のかけ方”がずっと頭に残ってる。

それは、掃除機本体をガラガラと引きずって歩く「犬の散歩スタイル」で、
1メートルを2秒かけてゆっくり前進し、戻るときはノズルを浮かせる、という、すごく繊細なやり方だった。

あれを守ってると、床を傷めないし、ちゃんと吸えるし、何より「丁寧に暮らしてる」気持ちになれた。

だから私は、掃除機というものには「優しさ」が必要だと思ってきた。
でも、ルンバはそういう“優しさ”を選べない。
ガーッと走って、ガーッと吸う。派手な起動音とともに。

だから少しのあいだ、ルンバはお休みしてた。
かわりに、クイックルワイパーでそーっと拭いたり、畑の砂を見つけたら雑巾でピンポイント掃除をしたり。
でも、それにも限界がある。

しばらく経って、10日か、もう少し過ぎた頃かな。
「よし、今日はルンバ、解禁してみよう」と思って、久しぶりに動かしてみた。

結果。つるっとした。

1階も、2階も。
床が、明らかに軽くなった気がした。
空気も澄んだ感じがした。
──もちろん、気のせいかもしれない。けれど、嬉しかった。

目に見えないホコリや、砂の粒、微細な汚れ。
そういうのもルンバが回収してくれたんだと思うと、なんだか感謝の気持ちすら湧いてきた。

いろいろ考えたり、心配したりしたけれど、
やっぱり掃除機って、ちゃんとかけたほうが、結果的に良かったんだなと。

「怖かったけど、やってよかった」っていう体験は、
案外こんなふうに、日々の中に転がってるものかもしれない。