かつて「夢の国」と呼ばれた場所がある。
子どもたちはもちろん、大人たちも心をほどき、物語の中に身を浸すことができる場所。
そこでは、パレードのリズムに合わせて感情が波立ち、キャストの笑顔ひとつで、胸の奥がぽっとあたたかくなる。
何十年も通い続ける人がいる。
子どものころ、親に連れられて。
自分が親になってからは、我が子の瞳に映る魔法の光を追いかけて。
そして今では、子育てを終えた仲間たちと、静かな余韻を分かち合うように。
人生のある時期、その場所は確かに「風景の一部」になっていた。
けれど、最近の夢の国には、少し違う空気が漂っている。
価格は上がり、年間パスポートは姿を消し、
ふと立ち止まった時、以前ほどの「過剰な魔法」は見当たらないこともある。
そこにあるのは、綿密に練られた導線、計算された回遊、効率的に最適化された体験設計。
もちろん、それが悪いわけではない。
企業は戦略で動く。持続可能性と投資回収のバランスの上に、ファンタジーは築かれる。
それでもなお、人々はあの場所に惹かれる。
とくに、共感する力や“感じる心”を大切にしている人たちは、変わらずそこへ足を運ぶのだろう。
きらきらした世界、キャラクターたちの無邪気さ、空の色、音楽、香り…
そこに「今ここ」のすべてを預けることができる。
夢の国は、どこへ向かっていくのだろう。
魔法が薄れてしまったのか、それとも私たちの目が変わったのか。
それでも、ときどき。
人ごみのなかでふいに聞こえる音楽に、
子どものころの自分が、そっと振り返ることがある。
何かが完全に消えてしまったわけではない。
ただ、少し遠くなっただけなのかもしれない。