第1章｜誰がこの結婚式に違和感を覚えるのか
2025年6月、ジェフ・ベゾスはイタリアのベネチアで3日間にわたる豪華な結婚式を挙げた。推定70億円。会場は水の都ベネチア。花嫁は元ニュースキャスターのローレン・サンチェス。世界中からセレブリティが集い、厳重なセキュリティが張られる。
この光景に、多くの人が「また金持ちがやりやがって」と思ったのではないか。だが、その違和感こそが彼の演出の一部である。ベゾスほどの人物が、このスケールで結婚式を行えば、批判が噴出することなど最初から想定済みだろう。むしろそれを受け止める器の大きさを見せること、それ自体がメッセージなのだ。
第2章｜批判は計算済み──“耐える者”こそ支配者
「富の誇示だ」「格差の象徴だ」「傲慢だ」といった批判が、SNSや一部メディアで噴き出した。しかしそれらを真正面から受けてなお、ベゾスは涼しい顔で祝宴を続ける。むしろ、批判に晒されながら動じない姿勢そのものが、「自分はこの世界の秩序を受け止め、乗りこなしている人間である」という演出になる。
成功者とは、評価や称賛だけでなく、憎悪や皮肉をも引き受けられる存在であること。それが耐えられない者にはこの地位は与えられない。彼はそのことをよく理解している。
第3章｜愛とアルゴリズム──資本主義の勝者が“感情”を演出する時
Amazonという冷徹なアルゴリズムと物流の帝国を築いた男が、今、「愛」や「結婚」という極めて人間的な儀式をこれほど壮大に演出する。このギャップには意味がある。効率とシステムを極めた人物だからこそ、「非合理の極み」である恋愛と結婚をあえて公然と行うことが、強烈な対比となる。
それは、人間性の演出であり、ベゾスが「人間である」ことの再確認でもある。冷徹な支配者が、感情に動かされ、誰かを選び、選ばれたという物語。ここに、ベゾスというブランドの“あたたかみ”が加えられる。
第4章｜ベネチアという舞台装置──歴史と排他性の演出
なぜベネチアなのか。それは単なる美しい都市というだけではない。ベネチアは、かつて海洋国家として栄えた貴族の街であり、排他的で、選ばれた者だけが入れる都市だった。その都市で、世界からセレブを招き、一般人の立ち入りを制限し、巨大なリソースを一極集中させて行われる儀式は、まるで中世の王侯貴族の結婚式のようである。
これは偶然ではない。歴史・権威・排他性をすべて象徴する都市空間を選び、自らをその中心に据える。これはベゾスの「現代の王としての戴冠式」だったとも言える。
第5章｜メディア支配と“見せる自由”──ワシントン・ポストの意味
興味深いのは、ベゾスが所有する米紙ワシントン・ポストが、彼の結婚式を批判的に報道したことだ。「富の誇示」とする抗議の声を紙面に載せる。これをどう読むべきか？
ひとつは、「言論の自由を尊重するオーナー」という美徳の演出だ。もうひとつは、「自分を批判してもいいほど、私は強い」「批判を許す側の支配力」を見せるパフォーマンスでもある。つまり批判ですら、彼の構築した権力構造の一部として機能しているのだ。
第6章｜“無神論の神”──システムで世界を制する存在
ジェフ・ベゾスは、宗教的な神ではない。だが、我々の生活に見えない形で影響を与え、時間・空間・物流・意志決定にまで介入する存在である。彼が生み出したAmazonは、もはや単なる企業ではない。「この世界の一部そのもの」になっている。
その“見えざる神”が、今回の結婚式でついに可視化された。我々は、現代の神が姿を現した光景を目撃したのかもしれない。
第7章｜この光景を、私たちはどう見るか？
この演出を、我々はどう受け取るのか。羨望か、憎悪か、あるいはただの娯楽か。ベゾスの演出は、意図的にそのすべてを含むよう設計されている。そして我々がどんな感情で反応しようと、それ自体がすでに彼の手の中にある。
彼はこの秩序の上に立ち、世界の記号と感情を操る男である。
この世界が「神を必要としなくなった時代」に、
彼のような人物が新たな神話を生きているのかもしれない。
