忍者通訳の記録帖

気配の通訳・翻訳所。空気、沈黙、すれ違い、視点の跳躍──そしてたまに、自分自身。精度はいつも道の途中。  

#383 錆びたプロペラと、地図のはしっこ──南鳥島と小笠原のあいだ

レアアースのニュースに、ふと目が止まった。中国への依存を減らすため、日本は南鳥島の沖合で、深海探査機を使って、資源開発を進めるという。“深海”という言葉の響きが、静かに胸に残った。

南鳥島って、どこだっただろう。地図をひらいてみると、そこは東京からおよそ1900キロ。太平洋のまんなか。人の住まない、小さな無人島。けれど、しっかり「東京都」と書かれていた。

そのとき、不思議なほど自然に、小笠原の記憶がよみがえった。昔、フェリーで24時間かけてたどり着いたあの島。小笠原諸島は東京から約1000キロ。父島にしばらくの間、滞在して、白い砂浜と、やわらかな風に包まれて過ごした。

ある日、海で泳いでいたときのこと。浅瀬の先に、何かが沈んでいるのが見えた。近づくと、それは茶色く錆びた、金属の塊。横に2メートルほどの大きさで、海面から1メートルくらい上に、突き出ている。大きなプロペラのような形をしていて、触るとざらりとした感触があった。風化しているけれど、崩れるわけではない。しっかりと重みを持って、そこにあった。

その上にそっと座ってみたら、サビがすこし肌に移った。茶色い粉のようなものが指先に残った。そして、なんとなく怖くなった。戦争の跡なのかもしれない、と思ったら、余計に。

何十年も、海の中でひっそりとそこにいて、誰に見つけられるわけでもなく、ただ潮の音にまかせていたのかもしれない。それでも、私は偶然そこに出会って、その一瞬だけ、同じ時間のなかにいた。

深海に眠るもの。誰かの記憶からも、地図からも、こぼれ落ちてしまったようなもの。

けれど、そうしたものが、いまになって「未来の資源」として再び注目される。島の名前をニュースで目にしただけで、あの時の感触や、水の匂いや、茶色い粉のざらっとした感じまで思い出すのだから──記憶というのは、静かで、深くて、そして、とても不思議なものだと思う。

📝 補足メモ:
南鳥島(みなみとりしま)は、東京都小笠原村に属する日本最東端の島です。東京からおよそ1900km、太平洋の真ん中に位置し、無人島です。1898年に日本が領有し、戦後アメリカの統治下を経て1968年に返還されました。現在は、気象観測や海洋資源調査の拠点として注目されています。

ちなみに、小笠原諸島(父島・母島など)は東京から約1000kmの距離にあり、フェリーで約24時間かかります。南鳥島は、その小笠原よりもさらに東に900km──まさに“地図の果て”にある島です。