忍者通訳の記録帖

気配の通訳・翻訳所。空気、沈黙、すれ違い、視点の跳躍──そしてたまに、自分自身。精度はいつも道の途中。  

#075 足場を登る若者、地面を支えるベテラン──工事現場の年齢地図

建設業界が縮小し、未完了工事が15兆円に達したというニュースを読んだ。でもその“統計の風景”は、案外すぐ足元にあった。私の家の塗装、向かいのマンション、そこには“年齢による身体の配置”が、はっきりと見えていた。

今年、自宅の屋根と外壁の塗装を依頼した。契約の際に説明担当の人が言っていた。「今、若い職人が本当に少ないよ。うちも例外じゃない。」

でも実際に来てくれた3人のうち、屋根に登って作業していたのは20代に見える若い二人。50代のベテラン職人さんは、物置や低い部分、細かい部分を丁寧に担当していた。指示や段取りを決めるのも、彼だった。

つまり、現場での“体の使い方”によって、作業が分かれていた。危険でダイナミックな動きを要する場所には若手が配置され、判断力と経験が求められる場所にはベテランが立つ。私の目にはそれが、静かな“分業”に見えた。

向かいの4階建てマンションの建設現場でも、それは似た構造だった。アパートの解体作業は40〜50代が中心で、鉄骨を切断したり、大型重機を操る姿が多かった。次に足場が組まれたとき、3階や4階の高所で機敏に動くのは若い作業員たち。明らかに身体の反応速度が求められていた。一方、1階で鉄筋を組み、コンクリートを打つ工程には、中高年の職人が多く、手元の作業に集中していた。

こうして見ると、建設現場は一種の“年齢地図”になっていた。高い場所には若さが、低い場所には経験が──。そしてその地図は、人手不足という問題と表裏一体だ。若い担い手が減りつつある今、ベテランは下にいても上にいても指導役を担い、現場全体を回そうとしている。だが、それも限界が近づいているのかもしれない。

10年前に一度、同じ家を塗装したときの価格と比べても、今回はずいぶん高くなっていた。最初は驚いたが、2022年に見積もりを取ったり、業者さんと話をしていくうちに、「これでも安い方だ」という実感に変わっていった。人件費も資材費も上がっている。そして、誰にでもできる仕事ではなくなっている。

ニュースの「15兆円」という数字は遠く感じる。でも、実際には屋根の上や足場の先端で、その遅れは静かに進行している。体を使う人が減り、年齢構成が偏り、無理のない範囲で仕事が“滞る”。それはサボっているのではなく、“もう無理はできない”という身体の声が積み重なった結果かもしれない。

このまま建設現場の“地図”から若者の姿が少しずつ消えていったら──いつか、地面の仕事すら担える人がいなくなる日が来るのかもしれない。
そのとき私たちは、“工事が遅れる”ということを、本当に他人事として眺めていられるだろうか。