忍者通訳の記録帖

気配の通訳・翻訳所。空気、沈黙、すれ違い、視点の跳躍──そしてたまに、自分自身。精度はいつも道の途中。  

#2107 手の中の秘密

男は、株主優待の案内を受け取った。

紙にはIDとパスワード、そしてQRコードが印刷されていた。

男は首をかしげた。

 

これだけ?

 

説明がない。

何に使うのか。

どう使うのか。

本当にこれだけなのか。

 

少し不安になった。

そこでQRコードを読み込んだ。

すると質問が始まった。

 

資産はどれくらいか。

保有状況はどうか。

年齢は。

 

いくつかの質問に答えながら、男はだんだん考え始めた。

 

これは何だろう。

会社は何を考えているのだろう。

株主を囲い込もうとしているのか。

ポイント経済圏に引き込みたいのか。

いや、そもそも説明書はどこにあるのだろう。

 

男は探した。

机の上を探した。

書類の山を探した。

封筒を探した。

記憶も探した。

 

もしかすると捨ててしまったのかもしれない。

そんなはずはない。

大企業が説明なしで済ませるはずがない。

どこかにある。

きっとある。

 

男はAIにも相談した。

ポイントの仕組みを聞いた。

アプリの使い方を聞いた。

会社の狙いまで考えた。

気がつけば半日が過ぎていた。

夕方になって、男はようやく一枚の紙を見つけた。

 

あった!

 

説明書だ。

探していたものだ。

 

安堵しながら手に取る。

男は何気なく紙を裏返した。

 

見慣れた紙だった。

 

ID。

パスワード。

QRコード。

 

説明は裏に印刷されていた。

 

男はしばらく黙った。

探していた紙は失われていなかった。

説明も隠されていなかった。

ずっと持っていた。

ずっと見ていた。

ただ裏返していなかっただけだった。

 

男は笑った。

心の底から笑った。

 

半日かけて探した秘密は、

最初から手の中にあった。

彼が気づくまで、

ただそこにいた。