アメリカは、怒っている。
「貿易赤字は損だ」「雇用が奪われた」「不公平な貿易だ」と。
けれど不思議なことに、その怒りの中心にあるアメリカは、今日も豊かで、強く、世界の中心にいる。
輸入が多すぎる。
モノを買いすぎている。
それなのに、ドルは買われ、アメリカの国債も株も世界中から資金が集まってくる。
つまり、「怒っているのに信頼されている」──そんな奇妙な構図が続いているのだ。
なぜアメリカは赤字でも崩れないのか?
なぜ怒っているのに豊かでいられるのか?
そんな問いをたどってみたい。
【1】赤字でも、困っていない国がある
たしかに、貿易赤字という言葉には「負けている」「奪われている」という響きがある。
でも、実際にアメリカが大量にモノを買えているのは、それだけお金を持っているからだ。
そしてそのお金の多くは──世界中から集まってきたもの。
つまり、アメリカは「買っている」だけでなく、「買わせてもらっている」。
世界がアメリカを信頼して、お金を預けているから、買えているということになる。
【2】昔から続く“ぐるぐるの構造”
1980年代も、今と似ていた。
アメリカは「双子の赤字(貿易と財政)」に悩み、日本に「オレンジと牛肉を買え」と迫っていた。
けれど、その背後にあったのはやはり、アメリカという巨大市場に世界が引きつけられていたという現実だ。
つまり、怒っていたけど、お金は動き、信頼はそこにあった。
【3】「世界の家計簿」は、実はつねに帳尻が合っている
ここでちょっとだけ、経済の「仕組み」の話をしたい。
国と国のあいだでは、お金のやりとりがある。
ある国がモノをたくさん買えば(輸入)、そのぶんお金が外に出ていく。
その国が誰かに投資したり、国債を買ったりすれば(資本の移動)、お金がまた別のかたちで動く。
そして、実はこの「モノのやりとり」+「お金の投資・移動」は、世界全体で見ると、つねにバランスが取れているようにできている。
モノを買いすぎてお金が出ていく国は、
世界から投資を受け入れてお金をもらっている。
これが、国際経済の“帳簿のルール”みたいなもの。
どこかで赤字が出れば、どこかで黒字が出る。
必ずプラスマイナスがゼロになる。
この“帳尻合わせの仕組み”があるから、世界の経済は崩れない。
【4】アメリカは怒る。けれど、世界はアメリカを選び続けている。
政治は怒る。
アメリカの工場が閉鎖された。雇用が失われた。だから外国製品が悪い。
その怒りは選挙で使われ、ニュースで繰り返される。
けれど、経済の仕組みは怒らない。
世界中の投資家や企業は、怒っているアメリカに、今日もお金を預けている。
アメリカの土地に工場を建て、ドル建てで商売をして、アメリカの消費者にモノを届けている。
怒っている国が、同時に“選ばれている国”でもある。
このねじれこそが、アメリカ経済の正体なのかもしれない。
【5】終わりに──信頼は、見えないけれど動いている
「赤字だからダメ」「黒字だから安心」──そんな単純な話では、もう語れない。
アメリカが豊かであり続けるのは、
世界中がアメリカに期待し、資金を預け、リターンを求めているから。
それは、「信頼」という目に見えない力で支えられている。
そして経済は、今この瞬間も、ぐるぐると回っている。
怒っている国が、世界を回している。
世界はそれを知っていて、静かにお金を預けている。
赤字は、時に豊かさのしるしにもなる。
怒りの奥にあるこの静かな真実こそ、私たちが知っておくべき“経済の顔”かもしれない。